赤軍派3名、イスラムに入信


投稿者 阿蘇 日時 2000 年 02 月 26 日 14:53:32:

赤軍派(共産主義者同盟赤軍派=ブント ローテ ゲバルト)の
岡本公三、戸平和夫、山本万里子の3名はレバノン
追放に際し、イスラムに入信することになった。

北朝鮮に行った田宮、岡本(兄)らは塩見議長の側近だったが、
パレスチナに行った若林、奥平らは重信房子に近い連中。塩見氏
の刑期満了、出獄に際しては奥田元京都大学総長も出席した出所
式が行われたが、パレスチナ派にはそういう同情がないようだ。
何といってもロッド空港無差別乱射事件がおぞましい。

しかし、宗教をアヘンとし、神を徹底否定する共産主義者が何に
せよ宗教の門に下るのはやはり「事件」だ。日本への引き渡しを
妨害するための偽装という見方もあるが、そんな付け焼き刃が通用
するのだろうか? 一体何が起きたのか?

加藤登紀子の夫君、藤本敏夫は同志社大のころ共産主義者同盟社会主義
学生同盟(社学同)系全学連委員長だった。早稲田の花園某に誘われ、
赤軍派結成に参画したが、京大の塩見が主導することが分かり、手を
引いた。花園の名前も赤軍から消えた(以来早稲田は革マル=文学部、
と青解=社青同解放派=法学部、政経学部の天下になる)。革マルと
いうのは「革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派」といい、しつ
こく「革命」を党派の名前につけている。しかし、海外に「雄飛」した
のは数多いセクトのうち、赤軍派だけである。代々木系の方たちには
異論もあるだろうが、「共産主義」という一つの宗教に徹したのは赤軍
派であった。『世界同時革命』というユダヤ人トロツキーの唱導した想
念を、つまりはロマンを追った集団であった。

2.26事件64周年の今日、この報道を聞いて、革命の容易ならざることを
今更ながら感じる。革命はビル・ゲイツがやった。